著:ロバート・ディルツ
英語のコンフリクト(conflict)という言葉は、日本語では「対立、葛藤、衝突、争い」などの意味があり、
「相容れない、あるいは相反する人間同士、考え方や利害の間で起こる不一致の状態」と定義されています。
心理学的にいう葛藤とは、世界に対する相反的、あるいは排他的な表象を持った結果として生じる、時には意識することのできない精神的な苦闘を意味します。
それは、自分自身の内なるパート同士(内的葛藤)として生じることもあれば、外部の他者との間で(他者との対立)生じることもあります。
内的葛藤は、多くのレベルにおいて、人間の体験の異なる側面/部分(パート)間で起こります。
例えば、行動レベルでの葛藤があります。
見たいテレビ番組もあるけれど、外に出て運動したいと思う自分もいるかもしれません。
能力レベルで生じる葛藤の例として、新たな創造と伝統の保護で迷うこともあるかもしれません。
相反するビリーフや価値観を持つ人もいます。
例えば、数学を勉強することは非常に望ましいことだとわかっていても自分に数学が理解できるようになるとは思えず、
数学の勉強に対する葛藤につながっているかもしれません。
アイデンティティレベルでの葛藤は、役割という感覚が紐付きます。
例えば、親としての義務を果たしたいと思いながらも、仕事人としての責務も果たさなければという葛藤を経験することもあるでしょう。
対人関係においては、個々が持つ現実のマップがあまりにも多様なため、互いにコミュニケーションをとろうとしたり、
交流しようとしたりすると、ちょっとした「コブ」にぶつかることがあります。
人は現実を表す独自のモデルを自分の中に作り出しています。
それは、「世界とは…」「世の中とは…」という根本的な前提、思い込み、価値観、先入観の寄り集まりです。
このマップ(またはモデル)に、他者のマップとの違いによって発生する「コブ」に創造的に対応できるメカニズムが含まれていない場合、
意見の相違、紛争、戦いなどの対立という形でエネルギーが放出されます。
交渉、調停、仲裁はすべて、他者との対立に対処するための異なる方法です。
目次
葛藤する「パート」
人は時に、内面での不一致、内なる葛藤、心が定まらない、自分自身との戦いなどを経験します。
こうした問題は外部からの圧力よりも、その人の内面の深層構造が関係しています。
つまり、その人の精神構造におけるパートとパート(一部分と一部分)の対立です。
言い換えれば、自分対自分の対立とも言えます。
こうした内面での葛藤が多くの心理的問題の根底にあるとフロイトは考えました。
彼は次のように言っています。
「人格のある側面が特定の願望を表し、
他の側面がその願望に抵抗して遠ざけようとする。
こうした葛藤が存在しなければ、神経症も存在しない......
葛藤は欲求不満によって生み出される......
それが病気に発展するためには、外的な欲求不満が内的な欲求不満によって補完される必要がある......
外的な欲求不満によって何かが満たされる可能性が1つ取り除かれ、内的な欲求不満によって、さらに可能性が1つ取り除かれるのである。
そしてこの2つ目の可能性が、葛藤における『論争の場』となる。」
例えば、外的要因が作り出す行き詰まり状態によってゴール達成が妨げられた場合でも、人はアウトカムに意識を集中し続け、
どのような反対意見や異論も押さえ込み、ゴールを達成するための別の手段やストラテジーを試みようとするでしょう。
そこに内的葛藤が加わると「論争の場」は内面に移り、自分の内面のパート間で戦いが始まります。
フロイトが指摘するように、外的な欲求不満は内的な欲求不満によって補完され、まさに板挟みになって、身動きが取れなくなります。
そして、戦っているのが自分の内面の2つのパートであるとき、決してwin-winになることはありません。
フロイトの言葉を借りれば
この対立は、一方が他方に対して勝利を収めることで解決するものではない......
結果がどうであろうと、一方は満足できないままで終わる。
こうした種類の対立は、反対意見への典型的な対処法のように一方を抑圧することで解決しようとすると、
「やっても地獄、やらなくても地獄」のダブル・バインドを引き起こします。
必ずやるという意図と、達成できるかどうかわからないという不確実性との戦いではなく、相反する2つの意図の戦いのようになります。
リフレーミングで対処できるような状況、すなわち、これまで言い分を聞くことができていなかったパートの意図を理解するのとでは問題の核心が異なります。
こうした状況で焦点を当てるのは問題行動であり、解決するには、行動の背後にある意図を見つけ、その意図を満たすための別の選択肢を探します。
しかし葛藤の場合、問題となるのは敵対する意図同士の対立です。
パート同士の意見が食い違っているため、どちらの意図も同時に直接満たすような代替案を作り出すことができません。
さらに言えば、内的葛藤は外部の出来事や結果に根ざしていないため、外部からのフィードバックによって解決することもできません。
実際、こうした状況では、どのような刺激でもさらなる対立の火種(または言い訳)になり得ます。
最も些細な決断でさえも戦いにつながります。
そしてその戦いは決して解決することはありません。
なぜなら、戦いの原因は決断の内容ではなく、その下にある深い構造に関連するものだからです。
内面での葛藤や欲求不満から来る絶え間ないストレスは、身体症状を含む他の症状を引き起こす場合があります。
これらの症状もまた、葛藤するパートにとっての「論争の場」となっていきます。
そして、システムというのは均衡や恒常性を維持しようとするため、一部の症状は葛藤するパート間の妥協点として機能してしまう場合もあります。
フロイトは次のように主張しています。
対立状態に陥った2つの力は症状の中で再び出会い、
症状の形成に織り込まれた妥協という方法によって和解する。
だからこそ、症状には強い抵抗力がある。
どちらの側からも支持されているからである……
これは2つの力の戦いであり、
一方は精神の前意識と意識のレベルに浮上することに成功し、もう一方は無意識レベルに封じ込められている。
葛藤が最終的にどちらか一方の結論を出すことができないのはそのためである……
両者が同じ土俵で対峙して初めて、効果的な決断を下すことができる。
そして、これを達成することが治療の唯一の目的であると私は考える。
葛藤の統合
「葛藤の統合」とは、矛盾した、あるいは相容れない反応、パート、認知プロセスを整理し、解決するNLPのテクニックです。
NLPの中核的な介入法の一つであり、多くの精神的な問題、身体面での問題、対人関係の問題の解決に不可欠なものです。
グリンダーとバンドラーが最初に生み出した葛藤の統合の基本的な手順(『魔術の構造』亀田ブックサービス、2000年)は次のような内容でした。
- 言語と非言語で伝えられているメッセージの矛盾に気づくことで、クライアントの不一致を特定する。
- 空間的分類、空想(シンボル)、表象システム、ロールプレイング、またはサティア・カテゴリー(非難、懐柔、超合理化)を通して、クライアントの不一致を対極に分類する。
- 最初に、対極する2つの間にコミュニケーションを確立し、次に、対極する2つに新たな形での 結びつきを生み出すメタポジションに到達させることで、クライアントの不一致を統合する。
この『魔術の構造』が執筆された後に、葛藤の統合プロセスには重要な要素がさらに付け加えられていきました。
それは、関連している2つのパートの肯定的意図を特定し、承認することです。
また、葛藤の統合プロセスの大部分を占めるのは、不要な混乱やトラブルを避けるために、体験を適切なレベルに整理する過程です。
NLPにおける典型的な葛藤の解消法では、最初に、葛藤が起こっているレベルの一つ上のレベルにチャンクアップして、高次の肯定的意図を探り、意見の同意を見つけます。
次に、葛藤が起こっている一つ下のレベルにチャンクダウンします。
この低次レベルでは、一見対立しているように見える両方のパートに紐付く補完的なリソースを見つけることができます。
問題を作り出したレベルとは異なるレベルで思考することで問題を解決する
NLPには、内的葛藤と対人間での対立の両方に対処し、解決するための多くのスキルとツールがあります。
その例を挙げると、リフレーミング、葛藤の統合プロセス、知覚位置間の移動などがあり、
基本的なコミュニケーションスキルであるメタモデル、キャリブレーション、非言語コミュニケーションなども使うことができます。
個人の内面で起こる葛藤に対処するために、当初開発されたNLP葛藤の統合プロセスは、NLPの交渉モデルの土台にもなっていきました。
そのNLP葛藤の統合プロセスの基本的な手順の概要を以下に紹介しましょう。
- 葛藤(または対立)に関わる主な問題を明確に特定します。
これらの問題は、正反対、または両極的な形で表現されるはずです。
対立が起こっているのは、主にどのロジカルレベルなのかを判断しましょう。
例:お金を使う、投資すること
対 お金を節約すること => 行動レベルの葛藤 - 対立している両当事者(またはパート)と明確に区別できる、公平なメタポジションを確立します。
- 各当事者(またはパート)の主張の背後にある肯定的意図と目的を見つけます。
肯定的意図は、対立を作り出している問題のレベルよりも高次のレベルにあるはずです。
(「問題を作り出しているレベルと同じレベルの考え方では、問題を解決することはできない」)。
一般的に言って、肯定的意図は互いに正反対や対極ではないことが多く、たいていの場合は、システム全体に対して(個々に対してではなく)相補的であり、有益な内容となっています。
例:お金を使うこと=「成長」すること 対 お金を貯めること=「安全」を確保すること - 両当事者(またはパート)が、お互いの肯定的意図を認識し、承認できることを確認します。
ただし、肯定的意図を満たすために使われている方法を受け入れなければならないということではありませんし、どちらか一方が妥協して自分の主張を曲げなければならないということでもありません。 - メタポジションに入り、両者が共感できる高い次元での共通の意図が見つかるまでチャンクアップを続けます。
例:お金を使うことも、貯めることも、資源の最適化につながる - 対立の原因となっている2つの選択肢とは別の、共通の意図を満たすための選択肢を探究します。
既存の2つの選択肢を混ぜることもできますが、対立している2つの選択肢とは完全に異なる選択肢を少なくとも1つは含めるとよいでしょう。
例:お金を投資して貯蓄もする、お金を借りる、別の収入源を作る、投資パートナーを見つける、支出を減らして他の分野にお金が投資できるようにする、など。 - どの選択肢、または選択肢の組み合わせであれば、共通の意図と個々の肯定的意図を最も効果的かつエコロジカルに満たし、システム全体に最善の影響を与えることができるのかを特定します。
参考文献
R. バンドラー, J. グリンダー『魔術の構造』(亀田ブックサービス 2000年)
R. ディルツ、R. バンドラー、 J. グリンダー、J. デロイジャー『NLP Volume I
(NLP第1巻)』(1980年)
R. バンドラー、 J. グリンダー『リフレーミング : 心理的枠組の変換をもたらすもの : NLP神経言語学的プログラミング』(星和書店 2001年)
R. ディルツ『Changing Belief Systems with NLP(NLPでビリーフシステムを変える)』(1990年)
R. ディルツ、T. ハルボム、S. スミス『信じるチカラの、信じられない健康効果』(ヴォイス、2015年)
R. ディルツ『Strategies of Genius Volume II(天才たちの戦略、第2巻)』(Dilts Strategy Group、2017年)
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